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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1624号 判決

控訴人 三井政友

被控訴人 当間和吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、「本件解約の申入は、昭和二十六年四月二日口頭をもつてなしたものである。もしこれが認められないとしても、被控訴人は、昭和二十六年九月五日控訴人に到達した書面をもつて本件解約の申入をなしたものである。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

東京都中野区昭和通三丁目一番地所在木造瓦葺二階二戸建一棟のうち向つて右側の一戸建坪十五坪二階九坪が被控訴人の所有に属することは、当事者間に争のないところである。

被控訴人は、昭和十四年六月頃控訴人に対して本件家屋を期限の定なく賃貸したと主張しているけれども、控訴人の争うところであつて、この点についての被控訴人の主張事実を認めるに足る十分な証拠がない。かえつて成立に争のない甲第二号証、乙第一、第二号証、同第六、第七号証、原審における被告(控訴人)本人尋問の結果を綜合すれば、三井常三郎は、昭和四年八月二十六日以来訴外加藤松蔵から本件家屋を賃借していたが被控訴人は、昭和十二年加藤松蔵から本件家屋を買い受け、これが所有権を取得すると共に本件家屋の賃貸人たる地位を承継し、引きつゞき本件家屋を三井常三郎に賃貸していたことを認めることができる。

しかして成立に争がない甲第六号証、乙第三号証の一ないし十四、当審証人三井健一郎、三井ますじの証言、当審における控訴人被控訴人各本人尋問の結果を綜合すれば、三井常三郎は、昭和十九年秋頃からその妻ますじ、孫健一郎(控訴人の甥)らと共に中野区昭和通三丁目三番地所在木造瓦葺平家建居宅建坪九坪を賃借してこれに居住し、昭和二十四年三月三十日同所において死亡したこと、従つて昭和十九年以降は本件家屋には控訴人及びその家族のみが居住し、本件家屋の賃料も控訴人において支払つていたため、被控訴人は、昭和二十二年度、昭和二十三年度、昭和二十四年度の通帳を控訴人の名宛に作成して、控訴人に交付し、控訴人も異議なくこれを受領して賃料を被控訴人に支払つていたことが認められるから、おそくとも昭和二十二年一月までの間に関係者合意の上三井常三郎は本件家屋の賃借人たる地位を去り、控訴人においてこれを承継し、控訴人と被控訴人との間に本件家屋の賃貸借契約関係が成立するに至つたものと認めるのが相当である。

仮りに三井常三郎死亡までの間に、右賃借人の地位承継の事実がなかつたとしても、三井常三郎の死亡に因り、控訴人が三井常三郎の本件家屋につき有した賃借権を相続に因り承継したことは明らかである。すなわち、控訴人も本件家屋についての賃借権の相続については争つていないのであつて、ただ控訴人は、三井常三郎の相続人である常三郎の妻、控訴人及びその妹らと共に本件賃借権を共同相続したと主張しているのである。しかして、成立に争のない甲第六号証によれば、三井常三郎の法定相続人は、その妻ますじ、次男である控訴人、長女すみゑ、次女とよ、三女久江、長男林造(亡)の長男健一郎の六名であることが認められ、また賃借権は財産権として相続の対象となりうるものであるから、特段の事由のない限り本件賃借権も右六名において共同相続したものと認めるを相当とするところ、当審証人三井ますじ、田辺久江の各証言、当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、三井常三郎死亡当時から現在まで引きつゞき本件家屋に居住し被控訴人に対し賃料を支払つていたのはひとり控訴人のみであつて、その他の共同相続人である三井ますじ、三井健一郎は、昭和二十八年までは前掲昭和通三丁目三番地所在家屋に居住しおり、その後に至つて本件家屋に移転したが、それは控訴人の家族として同居したに止まり固より賃料の支払をなしたことなく、その余の者にいたつては、居住も賃料の支払もしていないことを認めることができるのであつて、このように、数人の法定相続人中のある者が、相続財産である賃借権を行使し、その他の者はこれを行使しない場合には、賃借権はこれを行使する者のみが相続に因り承継し、相続の開始を知りながら、賃借権を行使しないことの明らかな者は、その賃借権に関する相続を抛棄したものと認めるを相当とすべく、殊に居住を伴う家屋の賃貸借に在りては、このように認めることが、当事者の意思にも合致し事宜にも適合するものというべきである。従つて本件においては、控訴人のみが相続に因り本件家屋についての賃借人たるの権利義務を承継し、その余の常三郎の法定相続人は本件家屋についての賃借権の相続を抛棄し、本件家屋についての賃借人たるの権利義務を承継しなかつたものというべきである。

よつて進んで、控訴人に対する解約申入について判断する。被控訴人は、まず昭和二十六年四月二日控訴人に対し口頭で解約申入をした、と主張し、成立に争のない甲第五号証の一、二によれば、被控訴人代理人金末弁護士が昭和二十六年九月三日附の内容証明郵便に附した書面の中において右口頭解約申入に言及しているけれども、右の外には、右口頭解約申入の事実を確認するに足る証拠がなく、右書証だけで右口頭解約申入は認め難いから、被控訴人代理人金末弁護士が控訴人に対し本件家屋の明渡を求めた書面、(甲第五号証)が控訴人方に到達した昭和二十六年九月五日を以て被控訴人が控訴人に対して本件賃貸借解約の申入をなしたものと認めるのが相当である。

そこで、右解約申入の正当な事由の有無につき判断するに、まず賃貸人たる被控訴人についての事情としては、(一)成立に争のない甲第八号証並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人は、右解約申入当時被控訴人が昭和四年十月末賃借してこれに居住し、酒類などの販売営業所としている中野区昭和通三丁目一番地所在木造瓦ブリキ交葺二階建一棟二戸建の内向つて左側の一戸建坪十二坪五合、二階六坪二合五勺の明渡をその所有者たる篠宮政吉から求められていたが、ついで、これが明渡請求訴訟を提起され、一審二審ともに敗訴し、目下上告中であつて、右家屋の明渡を求められる場合は、本件家屋を必要とすることいちじるしいものがあることが認められること、(二)当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件家屋の裏手に木造亜鉛葺平家屋十六坪の家屋を所有し、一室(八畳)を被控訴人の子及雇人の居室に、一室を浴室に、その余の部分を倉庫に使用していることが認められること、(三)当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、酒類等小売商を営み、相当の資力を有すること、がそれぞれ認められる。地方賃借人たる控訴人についての事情としては、(一)原審並びに当審における控訴人(被告)本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件解約申入当時は、本件家屋に、妻及び四子と共に居住して、表具師営業をしていたが、現在は更にその母及び甥健一郎を加えて、本件家屋に居住し居り、かつ本件家屋には昭和四年八月来居住していることが認められ、(二)成立に争のない乙第十三号証の二、前記証人三井健一郎の証言、同証言により真正に成立したと認める乙第十号証、当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人の甥で現に控訴人と同居している三井健一郎は、同人がさきにその祖父三井常三郎、祖母同ますじと居住していた中野区昭和通三丁目三番地木造瓦葺平家建居宅一棟、建坪九坪六合六勺を旧所有者山本なかの相続税の物納にあて国の所有に帰したものを、昭和二十八年五月四日控訴人から資金を得て国から買い受け、現在は他に賃貸しているけれども、近い将来にこれを右三井健一郎ないしは控訴人において使用し得る見込あること、(三)当審における被控訴人本人の尋問の結果によれば、控訴人の営業である表具師は裏通りにおいても営んでいる人のあること、をそれぞれ認めることができる。以上認定した控訴人、被控訴人の双方の事情を比較し、かつ当裁判所に顕著である現在の住宅事情をも合わせ考えれば、被控訴人の本件解約申入は、借家法第一条の二にいう「正当の事由ある場合」に該当するものというべきである。

控訴人は、被控訴人がその居住家屋を明け渡さなければならないとしても、それは被控訴人が篠宮政吉との賃貸借契約に違反したためであつて、自ら招いた結果を控訴人に転嫁することは信義誠実の原則に反する、と主張しているけれども、前掲甲第八号証並びに当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、その居住家屋の明渡訴訟において十分な防禦方法をつくし、しかも一、二審敗訴に終つたのであつて、被控訴人として控訴人に対し信義に欠けるところは認められないから、控訴人の右主張は理由はない。

それ故、本件賃貸借は、前段認定の解約申入の日から六ケ月を経過した昭和二十七年三月五日限り終了したものというべく、控訴人に対し賃貸借終了を原因として、本件家屋の明渡を求める被控訴人の請求は正当である。

しかして本件家屋の賃料が一ケ月金千円であることは、当事者間に争がないから、賃貸借終了の翌日である昭和二十七年三月六日以降本件家屋明渡済みまで、被控訴人が本件家屋の使用収益をなすことができないことに因る損害金として本件家屋の賃料に相当する一ケ月金千円の割合の金員の支払を求める被控訴人の請求もまた正当である。

よつて以上の限度において被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないものとして棄却すべきであり、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 内海十楼 猪俣幸一)

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